

3月26日、須藤理事長、栗木総務理事、中西理事、松阪アレルギーっ子の会まつぼっくりのから代表の藤田さん他が出席して松阪市とアレルギー支援ネットワーク、両者の「アレルギーに関する災害及び平常時に係る支援協定」、調印式が行われました。
協定の内容は「平常時にアレルギー対応の物品を、支援ネットが調達及び保管し、市が保管料を負担する。災害時には、支援ネットがこれを配送し、市は物品の料金および配送料を負担する」という主旨のものです。
この協定には、「平常時における、両者が協働して行う、災害時のアレルギー疾患者への理解に関する普及および啓発」という条項が、もりこまれています。
松阪市との「災害協定」は、NPOと自治体と企業の皆さんとでつくりあげたアレルギーに対応した災害対策として全国初の試みです。しかもこの試みは、一にも二にも、地域のアレルギーの会の方の強い熱意から始まり実現できたものです。
この熱意と粘り強い働きかけがなければ実現しなかったといえます。
災害時にアレルギー対応用の物資が供給され、保障される仕組みができることは「アレルギーのことを考えなければいけない」という自治体や自治体担当者にとって願ってもない内容になっています。
ある新聞記者が「自治体にとって願ったりかなったりの協定じゃないですか!」と取材中に漏らしたその感想はズバリ的を射たものと思いました。
特に東海東南海地震という広域的な災害がおきたときに確かなアレルギー対応の商品をどう確保するかは実は大変なことです。今回、松阪市との協定にあわせて私たちNPOと企業との「災害協定」も交わしていますが、企業との協定」で一番の難関は災害時に各企業が必要な量の商品を送ることができるかどうかでした。
今のところの結論は、松阪市に供給する「10倍程度」なら現状で可能というのが、企業の皆さんのところで検討していただいた結果です。つまり、それ以上は災害時に備えた企業の供給体制がまだ確立できていないのが現状の到達点です。
阪神淡路大震災のとき、一番大変だったのは送られてくる支援物資のほとんどは「アレルギー対応」でなかったことでした。私たちが被災者であるアレルギー患者個々人に送った物資は、実は全て購入して得ていたものです。
当時は、すぐに寄付金を募りましたので何とか供給が続けられましたが、広範囲に被害が及ぶであろう東海東南海地震では現物を確保することが至難の技といえます。日ごろのネットワークが強固なものでなければ機能しえなくなるのは目に見えています。
今回は商品を供給する企業も含めて「協定」を結び、このネットワークの裏づけをしたことに大きな意義の一つがあります。
もう一つは「平常時」のアレルギー対策が「協定書」に書かれたことです。
地域の会の活動を支えていく上では大きな前進です。これが実を結ぶものになるかどうかは、まさに地域の会のガンバリにかかっているといっても言い過ぎではありません。
私たちアレルギー支援ネットワークは、これからもこうした地域のがんばりの支え手として会の皆さんと2人3脚ですすみたいと思っています。